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生成AIニヒリズムへの処方箋

2024/4/24
研究・論文

生成 AI の急速な発展により恩恵を受ける一方で「私が作らなくてもどうせ AI が作るし」「今私ががんばってもすぐに AI が越えてくるし」といった生成 AI ニヒリズムとでも言える空気が蔓延しているように思います。ここでいうニヒリズムとは「長い間信じてきた価値の喪失に起因する無気力状態」というくらいの意味です。私の知り合いの中にもこのような無気力状態を感じている人が何人もいました。新しい物事を作り出すことを生きがいとしている人にとっては、AI の発達はアイデンティティに関わる重大事項となってしまっています。

本稿では、研究者の仕事は生成 AI に取って代わられることはないこと、そして研究者としてのアイデンティティを守るにはどうすればよいかを論じます。ここでいう研究者というのは、本質的に新しいことを探求する人のことを指しており、自身の仕事に応じてクリエイターや起業家と読み換えてもらっても問題ありません。

AI の限界

現在の生成 AI は一見多くのことがこなせるように見えますが、本質的な限界が存在します。生成 AI はパラダイムシフトを起こすような本質的に新しいことを生み出すことができません。

思考実験として、1880 年以前のあらゆるデータで生成 AI(GPT など)を訓練した場合を考えましょう。こうして作られた AI に物理に関する質問を投げかけても、相対性理論は出てきません。これは、訓練データ量やモデルサイズや計算資源量など、生成 AI の「賢さ」の指標として使われているものを伸ばせば解決する問題ではありません。現存する 1880 年以前の文書や画像だけではデータが足りないので、1880 年以前の全人類の発言の記録が保存されているとしてそれらを訓練に用いても良いとし、2024 年現在地球上にある最大のスーパーコンピューターの 100 倍大きな計算資源を使っても良いとしても、この設定で訓練された生成 AI からは相対性理論は出てきません。むしろ、昔のデータで学べば学ぶほど、ニュートンの『プリンキピア』やダランベールが書いた『百科全書』の項目を引き合いに出して、相対性理論を「正しく」否定するようになるでしょう。これは現代の生成 AI の枠組みの本質的な限界です。

クリエイティブな領域でも同じです。今でこそ Stable Diffusion などの画像生成モデルは浮世絵風やピカソ風などさまざまな画風の絵を一瞬で描き出せますが、1880 年以前のあらゆるデータで Stable Diffusion を学習させても、キュビズムの絵は描けないでしょう。

この議論を現在にシフトして適用すると、2024 年現在のデータを使って生成 AI をいくら訓練しても、100 年後の常識になっている新しい理論はそこから出てこない、ということになります。生成 AI は人類の知識体系の外側にある新しい理論を生み出せないのです。そのような理論は生成 AI ではなく、研究者であるあなたが生み出す必要があります。

研究者の価値

すでに知られていることをまとめたり、組み合わせたりするのは生成 AI は抜群にうまい。なのでそのような仕事の価値は AI が発達するにつれて下がっていきます。逆に言えば真の意味での研究、人類が誰一人知らなかったことを明らかにするということ、の価値は相対的に向上していきます。このことを得意とする研究者の価値は AI の登場によって下がるどころか上がるのです。

多くのことを知っていたり、組み合わせるのが上手いということと、人類が誰一人知らなかったことを明らかにする能力は混同されがちです。人間についてはこれらは高い相関があります。研究が上手な人は博識であることが多いです。しかしこれは強い因果関係ではありません。こと生成 AI については、無数の事柄を知っていますが、真の意味での研究ができるわけではないのです。それにもかかわらず、人間で見られる相関関係を AI について当てはめて、生成 AI が研究仕事についても奪っていくだろうと過剰に悲観的になる人が多いように思います。ニヒリズムを打倒するために、ここの区別をつけることが第一に重要です。

また、生成 AI が相対性理論などの高度な理論や、浮世絵風やピカソ風などの画風を自由自在に扱えているように見えますが、それは後知恵によるものです。相対性理論もキュビズムも、生み出したのは人間です。生成 AI はそれらの使い手に過ぎません。その点で、研究者は生成 AI よりも一枚ウワテです。

AI 時代の研究者の辛さ

研究者の価値は下がらないとはいえ、真の意味での研究だけが評価されるようになるというのは残酷といえば残酷です。これまでは、サーベイ論文を書いたり教科書を書いたりといった、既に知られていることをまとめることも研究者の仕事でした。また、既知のアイデアの単純な組合せを試してみるというのも立派な研究でした。これらは心理的にも経済的にも比較的安全に行える研究です。しかし、これからは人類の知識体系の外側に乗り出すこと、そしてそれのみを要求されるようになっていきます。そのような冒険はいくら手練の研究者にとってもコンフォートゾーンの外側にあるものだし、より強い産みの苦しみを伴うものでもあります。

すでに知られていることをまとめたり、組み合わせたりするのが楽しかったという研究者も多いでしょう。かくいう私もその一人です。そのような仕事こそ得意で研究者になったのに、AI が登場したので突然そのような仕事に価値がなくなりましたと言われても釈然としません。そのような中で知識体系の外側を探索する自信がなければ、生成 AI ニヒリズムに陥るのも無理はありません。この状態から脱出するには AI とうまく付き合っていく必要があります。

AI とうまく付き合っていくには

まず重要なことは、すでに知られていることをまとめたり、組み合わせたりすることは今後は AI の仕事であり、研究者の仕事は人類の知識体系の外側に乗り出すことであるという分担関係を正しく認識することです。この関係自体を今更変えるのは難しく、むしろ今後ますます強まると考えています。人類の知識体系の外側に乗り出すというのはもとより研究者の核となる仕事であり、はじめからそのことに集中していた人は何も変わることはありません。むしろ今後はより本質的な部分に集中できるので喜ぶべきでしょう。困るのは真に新しいことを生み出すことに苦手意識を持つ研究者です。しかし、そのような研究者たちも悲観しすぎることはありません。第一に、これからは AI がアシストしてくれます。これまでは新しいことを生み出すのが難しかったかもしれませんが、それは AI が無かった世界の話です。AI が登場してこれまでよりもはるかに多くのことが短い時間でできるようになり、ゲームのルールが変わった世界では、新しいことを生み出しやすくなるかもしれません。苦手意識を持っている方も、新たなテクノロジーをフル活用したり、世の中が変わってしまったことを受け入れて自分に発破をかけたりして挑戦してみてみましょう。そういうものだと思って挑戦すると、案外うまくいくかもしれません。第二に、まとめたり、組み合わせて作った仕事の価値が下がるだけで、それができる能力を身につけていること自体は武器になります。型を破るためには型を身につけている必要があります。練習自体が価値を生み出せなくとも、練習は必要です。今後参入してくる人たちは、まとめたり、組み合わせることは AI に任せて練習がおろそかになるかもしれません。しかしあなたは既にこの能力をしっかり身につけています。そのことは自信を持ってよいと思います。この能力をうまく活用しながら新しいことに挑戦すると、今後参入してくる人には真似できない新しい何かを生み出せるかもしれません。第三に、時間的な猶予があります。AI が急速に発展しているとはいっても、まだまだ技術的な限界は多く、2024 年現在では高品質なサーベイ論文や教科書を自動で生成できるほどには至っていません。また、著作権や倫理的な問題も数多く残っており、これらの解決を見るのは少なくとも十年はかかるでしょう。第四に、本稿を読んでこの問題に気づけたあなたは早い方です。今から AI との分担を対策すれば、いかに苦手意識があっても他の多くの研究者よりはこの枠組みに早く順応できるでしょう。

これとは別に、本質的に新しいことを打ち立てても、どうせすぐに AI に吸収されてしまうので、苦労してまで創り出したくないと考える人もいるかもしれません。私はむしろ逆に、自分の考え出したことを積極的に AI に吸収してほしいと考えています。研究では、「巨人の肩に乗る」という言い方がしばしばなされます。過去の文献から構成される人類知を巨人に見立て、それらの知見に立脚して新しい知識を積み上げていく重要性を示す言葉です。これまではこの巨人は姿の見えない仮想的な存在でしたが、AI 時代においては、ChatGPT や Claude などの AI がこの巨人(人類知)を具体化したものであると見なせます。AI に吸収されたイコール人類知に貢献できたと考えると、吸収されることも名誉に感じられ、むしろ AI に吸収されないことの方が問題のように感じられるのではないでしょうか。これまでは論文を書いたものの知名度の問題で誰からも読まれず人類知への貢献とはならなかった例が数多く存在しますが、これからはその問題も生成 AI により軽減され人類知への貢献がしやすくなります。これは大きなメリットです。現状の課題は、従来の論文の引用システムのように発案者の名前を明記するということが生成 AI では徹底されないということです。相対性理論くらい有名なものであれば生成 AI も発案者はアインシュタインですなどと答えてくれるでしょうが、アイデアを吸収するだけして発案者の名前を明記しないこともよくあります。これは上にも述べた著作権や倫理的な問題に絡む問題であり、人間と生成 AI の関わり方を議論しながら社会全体で解決していく問題だと思います。

実際上、生成 AI のある世界でうまく研究を進める上で重要な能力は優れた問い(リサーチクエスチョン)を立てる能力です。生成 AI は問題を入力されれば答えを探しますが、自ら問いを立てるということはしません。もちろん、「問いを立ててください」ということを入力すれば何かしらの問いを生成してくれるでしょうが、その問いも根源的な問いではなく入力に対する単なる応答に過ぎません。あなたでない誰かが「問いを立ててください」と同じ入力を入れると同じ応答が機械的に出てくる、オリジナリティの無い問いです。無数に生成させればその中に「正しい」問いもあるかもしれませんが、それはサルがタイプライターを乱打してたまたまハムレットを打ち出すことと本質的には代わりなく、結局はその中から人間が重要な問いを選ばなければいけません。優れた問いとは、冒頭の相対性理論の例でいうと、「力学と電磁気学の既存の公理からは真の法則は発見できないのではないか」という問いや、あるいは非自明なギャップを埋めるならば「物理法則はすべての慣性座標系で同一になることと、光速度が一定であるということだけが、普遍的な原理なのではないか」というような問いです。このような問いは、1880 年以前に訓練された AI からは自然には生まれてきません。しかし、研究者がこのような問いを生むことができれば、ニュートン力学とマクスウェル方程式を完璧に身につけた AI と協調することで新しい理論(特殊相対性理論)を打ち立てられるかもしれません。良いリサーチクエスチョンの立て方については数多くの優れた文献があります。マッツ・アルヴェッソンら『面白くて刺激的な論文のためのリサーチ・クエスチョンの作り方と育て方: 論文刊行ゲームを超えて』は(原著が書かれたのは生成 AI 時代以前ですが)AI 時代にも通用する素晴らしいリサーチクエスチョンの立て方が学べるのでおすすめです。

より実際的な AI との共同作業の方法については『AIを使った論文の読み方』にて解説したのでそちらを参照してください。要点をかいつまんで説明すると、ChatGPT か Claude に要約を生成させて、Readable でチェックするという方法です。こうすることでサーベイに必要な時間は何倍にも短縮できます。一昔前であれば研究トピックをサーベイするというのは高度な専門技術でしたが、AI の登場以降はこのような技能も現実にコモディティ化してきています。

このような分担化の流れをはっきり認識し、より本質的な箇所に集中していくことが研究者にとってますます重要になっていきます。この分担化に順応できれば、研究活動の本質に迫ることができ、生成 AI の登場をアイデンティティの危機から躍進へのきっかけへと変えることができるでしょう。

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