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一度読んだ本の内容を忘れないようにする方法

2024/5/23
研究・論文

昔読んだ本の内容を忘れていて、ショックを受けた経験は誰しもあるのではないでしょうか。本稿では一度読んだ本の内容を忘れないようにする方法を紹介します。

私は記憶力が特別良いわけではありません。本稿で紹介する方法を使う前は、数ヶ月前に読んだ本の内容を覚えていられないどころか、その本を読んだということすら忘れてしまうことがありました。この方法を実践してからは数年前に読んだ本の内容もはっきりと覚えていられています。

この方法は誰でも簡単に実行できて、誰にでも効果があります。そう書くとなんだか嘘くさいですが、本当におすすめの方法なので、最後まで読んでいただければ幸いです。

耳復の基礎

手順
1. 読んだ本から重要な箇所を書き抜く
2. 書き抜いたメモを音声合成で音声化する
3. 作成した音声を常に流しておく
4. 気が向いたら音声に注意を向けて復習を行う

基本はたったこれだけです。この方法を仮に耳復(ミミフク)と名付けます。

耳復は 2 つの単純なコンセプトに基づいています。まず、記憶を定着させるためには復習は必須であるということ。しかし、復習はめんどくさいので、ハードルを限りなく下げるべきだということ

上記の手順は既にこれらのコンセプトに沿ったものですが、より効果を上げるためにそれぞれのステップで工夫を行います。以下では書き抜き方、音声化の方法、音声の流し方、復習の方法を詳しく説明します。

音声の再生方法

まずは音声の再生方法から。ふだん音楽やラジオを聞いている端末で再生するというのが基本です。空き時間など、再生できる時にはいつでも再生するようにします。また、通勤・通学時、作業中など、普段音楽を聞くタイミングで、2 回に 1 回は音楽の代わりに耳復音声を聞くようにします(全てを耳復に置き換えると長続きしないし、音楽を聴くことは大切なので半分程度にしておきます。)スマホや PC など、端末を立ち上げてアプリを開くところまでは音楽を聞くのと動線が同じなので、耳復のきっかけを作りやすく、スムーズに耳復を開始できます。

よし、今から聴こうと思って再生するのは良くないです。これだと再生するハードルが上がってしまい、「めんどくさいので今は再生しなくてもいいか」となってしまいます。大事なのは何も考えずに「とりあえず再生しておく」ことです。再生してすぐに音声に注意が向かなくても構いません。1 時間ぐらい経ってからようやく注意が向くというのでも構いません。とにかく長い間再生しておいて、気が向いた時に注意を向けられるようにすることが重要です。

できる限り再生のハードルを下げるために、以下のガジェットを導入することもおすすめです。

骨伝導イヤホン
耳復最大の味方です。耳が塞がらないので通勤中、散歩中、ソファーで休憩している最中など、いつでもどこでも骨伝導イヤホンで耳復できます。メガネくらい常に装備して聞き続けてください。

mp3スピーカー
私は耳復音声が流れてくるこちらのスピーカーをトイレに設置しています。洗面台やキッチンも良い設置場所だと思います。毎回耳を傾ける必要はなく、2 回に 1 回耳を傾けるくらい、音量も注意すれば聞き取れるくらいで十分です。

耳復音声には時々でいいので、ちゃんと意識を向けることが大切です。バックグラウンドで流しているだけではほとんど効果はありません。気が向いた時に、流れている音声の先を予測したり、その周囲の文脈を思い出したり、内容を自分なりに深掘りして考察したりすることが重要です本居宣長『うひ山ぶみ』に学ぶ学び方でも紹介したアクティブリコールのきっかけを耳復音声で作るというイメージです。

ただし、ハードルを上げるのは良くないので、ずっと負荷がかかる復習をする必要はなく、例えば、骨伝導イヤホンで流しながら散歩するならば信号待ちに引っかかった時にだけ音声に意識を向ける、満員電車で身動きが取れなくなった時だけ音声に意識を向ける、などです。短い時間でも意識を向けると、その後しばらくバックグラウンド処理で脳がその内容について考えてくれるので、実際に意識した時間よりも大きな効果が得られます。こういったごく細切れの耳復チャンスを逃さないためにも、意識を向けていない間もずっと耳復音声を流し続けることが重要です。信号待ちに引っかかってから音声を流しはじめようとしても、再生ボタンを押すのが面倒で押さずに済ましてしまいます。意識を向けるだけというように極端にハードルを下げておくことが重要です

書き抜き方

続いては書き抜き方についてです。書き抜くのも手帳に書いたり、キーボードで打っていては面倒です。ここも限りなくハードルを下げます。私は Kindle で読むことが多いですが、 Kindle だととても簡単です。まず、本を読むときに重要だと思うところをマーカーしておきます。マーカー内容は、本を表示中にタップ → 右上のノートのアイコンをタップ → 共有アイコンをタップ → ノートブックのエクスポートからエクスポートできます(下図)。ただし、本ごとにエクスポートできる量、コピペできる量に上限があります。上限に引っかかった時には以下の音声入力を用います。

本を表示中にタップ → 右上のノートのアイコンをタップ → 共有アイコンをタップ → ノートブックのエクスポートからマーカー内容をエクスポートできる。

紙の本で読んだ場合や、 Kindle のエクスポート上限に達した場合は、マーカーをつけた箇所を音読してスマホの音声入力で書き起こします。キーボード入力よりも音声入力の方が圧倒的に楽です。音声入力の欠点である変換ミスはあまり気にする必要はありません。どうせ音声合成するので同音異義語でも同じことです。また、耳復の性質上、音声におかしなところがあると穴埋め問題的に復習になるので、耳復原稿に間違いがあることも悪いことではありません。実際、私の耳復原稿にもいくつかミスが残っているのですが、そのミスにかかるたびに「いやここは〇〇ね」というように心の中でツッコむので、逆にその箇所が深く印象に残っています。

マーカーをつける箇所については、なるほどと思った箇所や、印象に残った箇所などを感覚でつければ良いです。慣れてくると、書き抜いた箇所だけから本全体の内容が再構成できるようなバランスの取れた書き抜き方ができるようになってきますが、あまり深く考えすぎるとマーカーをつけることが面倒になってきてしまうので、特に最初のうちは深く考えずに感覚を重視してつけるのが良いです。

耳復デッキは Google Docs にまとめている。

私は全ての耳復デッキを 1 枚の Google Docs にまとめています。このメモは最初は普通の読書メモとして、暇な時にスマホなどで見返し復習することを想定して作っていたのですが、見事に一切見返すことがありませんでした。それを耳復デッキに転用した形です。耳復をはじめてからは、ここに書いてある内容はほとんど暗唱できるまでになりました。

音声合成

最後に音声合成についてです。自分で音読したものを録音してもいいのですが、私は自分の声が生理的に受け入れられずだめでした。また、気合を入れて音読するのも面倒なので、ハードルを下げる意味でも音声合成を使うのが良いです。使うソフトウェアは何でもいいので、愛用のものがある場合はそちらをお使いください。ここではおすすめのものを2つ紹介します。

VOICEVOX
VOICEVOX はずんだもんでおなじみの無料の読み上げソフトです。テキストを貼り付けてボタンクリックするだけで簡単に音声化できるほか、API も使えるのでプログラムを書いて耳復デッキから自動で音声を作成することもできます。初心者から上級者まで全ての人におすすめです。より手軽に用意したい方はWEB版VOICEVOXよりブラウザからも利用できます。ブラウザ版は最初に手軽に試すのに良いでしょう。

VOICEVOX の操作画面

VOICEVOX では多くのキャラクターが選べます。基本的には各キャラクターを試し聴きして、好きなキャラクターを使うのが良いでしょう。特にこだわりのない場合は、青山龍星は安定した低音なので、ずっと再生していても邪魔になりづらく、倍速再生しても聞き取りやすいのでおすすめです。倍速再生したい場合は話速を変えるのではなくて話速は 1.0 のまま後述のように音声編集ソフト(あるいは対応している場合は再生ソフト)で倍速にする方が聞き取りやすいのでおすすめです。

Amazon Polly
Amazon Polly は AWS ユーザーの方におすすめです。私は AWS を使っていたのと、私が耳復をはじめた時には VOICEVOX がなく、音声合成ソフトの選択肢が少なかったためにこちらを使っています。コピペとボタンクリックだけで簡単に音声合成できます。長さの制限が(実質)ないので、何も考えずにコピペするだけで音声化できるのも手軽で良いです。大量のメモを一気に音声化するのも高速にできます。有料ですが、最初の一年は無料で、課金発生後も数時間分の音声で数十円から数百円なので、ほとんど気になりません。

Amazon Polly の操作画面

音声合成した後は音声編集ソフト(私の場合 Audacity)で倍速にし、他の耳復音声とつなげて mp3 で書き出してスマホに取り込んでいます。再生速度については良し悪しなので、好みに応じて変更すると良いでしょう。それなりに面倒なので、本を読むたびに音声化するわけではなく、2〜3 ヶ月に 1 回、気が向いた時にまとめてやっています。

応用

以上では本の復習方法として紹介しましたが、耳復はネットサーフィンをしていて見つけた良いフレーズ、好きなアニメの名ゼリフ、自分でつけた学びのメモなど、何にでも応用ができます。私は好きなアーティストの好きなツイートなんかも耳復デッキに入れて血肉にしています。SNS で見つけた有用な仕事術などはいいねだけつけて、次の日には忘れている人が大半かと思います。そういうことも耳復に回せばちゃんと自分の血肉にすることができます。フロー媒体の情報をストックに回すことができるのも、耳復の大きな利点です。手始めに、本稿でなるほどと思ったところや覚えておきたいと思ったところがあれば、書き抜いて最初の耳復デッキに加えていただければ幸いです。

逆に、あまり適していないのは新情報を学ぶために使うことです。Audible や Kindle の読み上げ機能を使った耳読は一般的になってきました。英語学習のスピードラーニングも有名です。RSS フィードを読み上げたり、ニュースや論文を ChatGPT に要約させて読み上げるといった手法もあります。私もこれらを試したのですが、たしかに一部有用であるものの、やはり読み上げは新情報を学ぶのには基本的には向いていないという結論になりました。読み上げのスピードで理解できるのはすでに知っていることだけであり、新しい知識を入れるためには一時停止して咀嚼する時間がどうしても必要です。目で見るのは高コストですが、処理できる情報が多いです。耳で聞くのは低コストですが、情報量が少ないです。なので、私は「新情報は目から旧情報は耳から」という使い分けをしています。

追加の利点

耳復は読書した内容を覚えられるだけではありません。名文のリズムが体に染み込むため、文章を書くのが上手くなります。いわば秋山真之の修業法の現代版です。

「どういう名文句かの」「いろいろある。漢籍はあまり読まんが、新聞にもそれがあり、英語の書物にもそれがある。それを書きぬいておいて、ときどき報告書などを書くときにおもいだす」これが、真之の生涯を通じてのただ一つの文章修業法であった。新鮮な方法とはとうていいえないが、文章のリズムを体に容れるには案外いい方法かもしれない。

司馬遼太郎『坂の上の雲』

真之とは異なり、手帳ではなく Google Docs に書き抜き、報告書を書くときではなく骨伝導イヤホンをきっかけに思い出すわけですが、これは 120 年にわたる技術の進歩が生み出した実現方法の違いであり、本質的なコンセプトは同じでしょう。

また、本の大意だけではなく、どの本にどういう文句が書いてあったかを覚えられるので、文章を書くときに引用がすぐに思いつきます。実際、上記の坂の上の雲の引用も私の耳復デッキから引いたものです。耳復をはじめる前は、エピグラフに使う引用をよくそんなに思いつくなとか、引用を入れるためにわざわざ検索しているのかな、などと考えていましたが、今では文章を書くたびに引用の引き出しが同時に複数開いて、選ぶのが大変なほどです。

耳復はやる気が上がる良い「作業用 BGM」にもなります。啓発的な内容や名文を耳復デッキに入れると、サボりかけた時にも仕事を頑張らないとなと思えてきます。やる気が萎んだ時には耳復音声を聴きながら 10 分間目を閉じてやる気をチャージしたりします。

他の復習方法(Anki など)との比較

有名な復習法として Anki があります。私も何度かチャレンジしましたが、長く続いてもせいぜい 1〜2 ヶ月で、飽きて続きませんでした。抜粋ノートを作って見返すというのも試しましたが、これも面倒で続かず、この抜粋ノートを耳復デッキに転用したことは上で述べた通りです。やはり耳復は圧倒的にハードルが低く、継続するためにはこれが最も適した方法だと感じています

同じ内容を復習するのは効果が逓減していきます。10 回復習した後に 11 回目の復習を行う効果は小さいので、費用対効果の天秤にかけて、もう復習しなくてもいいかと思ってしまいます。しかし、ここでやめてしまうと中期記憶くらいには入るかもしれませんが、完全に自分の血肉になるほどではありません。耳復だと何回目の復習だろうが、容赦なく内容が耳に入ってきます。もう完璧に覚えたと思う内容もダメ押しで復習することになります。これによって血肉になるまで完全に消化しきれるというのも耳復の大きな利点です

おわりに

耳復はスモールスタートしやすいというのも利点です。最初は 1〜2 冊の本からの抜粋で小さな耳復デッキを作ると、分量が少ないのですぐに記憶に定着させることができます。その耳復デッキを聞きながらも新しい本を読んでいき、耳復デッキを継ぎ足し継ぎ足し、成長させながら覚えている内容をどんどん増やしていくことができます。

耳復をはじめるのは早ければ早いほど良いです。本を読んでも内容を忘れてしまってはほとんど意味はありません。耳復をはじめて以降に読んだ本や記事の内容は記憶の鮮度が段違いであり、私の記憶は耳復以前、耳復以後に分かれると言っても過言ではありません。私ももっと早く耳復を始めていたらと考えてしまいます。皆さんも是非、この記事をきっかけに耳復をはじめてみてください。

それではみなさん良い耳復ライフを!

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