最近、科学技術分野などにおいて、ナラティブレビューということばを聞くことがあります。
医学系の総説論文などにも使用されることが多くなっていますが、どのようなものなのでしょうか。
さらにナラティブレビューの対比語として、システマティックレビューという用語もよく使われます。
本記事では、ナラティブレビューの基礎的知識からはじまり、システマティックレビューとの比較や最新動向などについても解説します。
目次
「ナラティブレビュー」とはそもそもどのようなものなのでしょうか。その対象や使用目的について解説します。
ナラティブレビューは、総説論文の一種となります。総説とは、ある特定の分野に関して、先行する研究を網羅的に調査し、比較検討した結果を述べる研究論文です。過去の研究に基づくこと、新たな研究データは含まないこと、そして未発表の文献を対象としないことが特徴です。
それでは「ナラティブレビュー」の対象とは、どのようなものでしょうか。
ナラティブとは、もとは物語やそのストーリーに起因する用語です。このため、ストーリー性のある研究論文ということになりますが、著者の過去の経験や、当該研究の対象としている研究データやその解釈を、独自の立場から科学的に明らかにしていく、という作業といえます。
ナラティブレビューの対語には「システマティックレビュー」がありますが、こちらは研究対象領域の全体にわたるデータや現象を広く、統一的に検討・検証することになります。
医学系論文にも使用されることがあるナラティブレビューですが、論文検索の試しにGoogle Scolarで「ナラティブレビュー」と記入してみます。
トップから3番目までの論文題名ですが、次のようになっています。
・日本の訪問看護師の看護実践能力についてのナラティブレビュー
・医療系学生が当事者のナラティブに触れることにより得られる学び
・本邦の犬に対する理学療法 ─症例報告を対象としたナラティブレビュー
いずれも医療関連の論文で、いわゆる医学系のケーススタディに関するものとなります。なお、10番目までについて見ても、教育分野が1件、ナラティブレビューの対語である「システマティックレビュー」に関するものが1件のみという状況で、医療系が大半をしめています。
このように、特に医療関連のケーススタディやストーリー性のある研究論文に使用されることが多いといえるでしょう。
ナラティブレビューに対して、より使用頻度の高い「システマティックレビュー」という総説論文があります。
両方とも二次研究論文という範疇となりますが、この中にはナラティブ・レビュー、システマティック・レビュー、メタ分析などが含まれます。
システマティックレビューにおいては、研究対象領域の全体にわたるデータや現象を広く、統一的に検討・検証することになります。
当該分野を対象とした、研究の成果を包括的に収集、評価し、知見を統合することを目的とした二次研究です。
システマティックレビューを作成する場合には、たとえばデータベースの選定、検索式の作成、データの抽出と管理、論文の質の評価などを順を追って実施します。
システマティックレビューにより、既存研究のデータや検討結果に異なる視点や新たな分析を加えることができるので、当該分野の将来の予測などに利用されています。
システマティックレビューでは、一次情報の「収集」「選択」「抽出」「評価」が系統的かつ総合的に行われます。
研究対象領域である一次情報を総合的に検証するために実施します。一次情報の取扱い方法としては、統計的なデータ解析などを当該分野において実施したのと同じ状態となります。
このためシステマティックレビューは、客観的かつ網羅的なエビデンスを提供することができます。研究の質や結果を評価し、研究結果の一貫性や信頼性を検証することが可能です。
また、研究のバイアスや偏りを最小限に抑える効果もあり、エビデンスに基づく意思決定やガイドライン策定をサポートします。
これに対してナラティブレビューは、研究者の個人的な知識や経験に依存する場合が多くなっています。ただし、エビデンスヒエラルキーにおいては上位に位置するため、研究者にとっては、研究の現状と将来の展望を客観的に把握するための重要な手段ともなります。
ナラティブレビューでは、特定のトピックに関する既存の知識や研究を整理・概観することも可能です。著者の経験にそって、研究の動向や発展を追跡し理解することもでき、
新たな研究課題や仮説を提案することができます。さらに、研究成果の解釈や意義について議論を深めることも実施されており、使い方によっては、特に自分が提起する新しい概念や理論の展開も期待できます。
使い方によっては、新しい理論展開なども期待できるナラティブレビューですが、今後の動向についても解説します。
ナラティブレビューは、特に医療関連の領域での実施例が多くなっています。
医療応用でのナラティブとは、医療関連症状の経緯や病気に対する考えなどの「物語」を通じたいわばケーススタディです。
病状の原因、診断、予後または管理の1つまたは複数の局面に関わる考察が含まれています。これらにより、特に心理療法などでは、当該病状の背景や人間関係の理解が深まり、システマティックレビューとは異なった、洞察力による病状理解が可能となります。
たとえば、心理療法の認知行動研究分野における適用例としては、以下の文献があります。インフォームド・コンセント実施時の治療バイアスなどについて、示唆のある総説論文となっています。
研究課題名:心理療法におけるインフォームド・コンセントの役割と最近の動向:ナラティブレビュー
研究概要:
インフォームド・コンセントICは、心理療法を提供する際にセラピストが道徳的な義務として行うことが必須とされている。一方で、心理療法のICでは多くの場合、心理療法を実施する期間や費用の設定に関する形式的なIC取得が多い。また、心理療法におけるICは、セラピストの治療関係の重要性をよりよく理解するのに役立つといった側面や、心理的な支援のプロセスにおいて大きなバイアスとなる可能性があるなど、心理療法に与える影響について指摘されているが、わが国でそれらを概観した研究はない。そこで本稿では、心理療法におけるICの現状や研究動向について述べたのち、IC取得が困難な場合の対応や国内施設における心理療法のIC取得に関する現状を報告し、心理療法のICの理解を深めることを目的とする。
参照先資料:
ナラティブレビューに関して、深層学習やAIとの関連についても検討されています。
深層学習に基づいた生成AIの適用場面において、AIの立ち位置を指定して、実際にナラティブレビューをAIに実施させるというような試みも実施されているようです。
たとえば、「臨床経験豊富な優れた専門医」で「論文査読にも優れている」と規定します。このように規定することにより、当該のナラティブレビューも実施されるという取り組みです。
ナラティブレビューでは、総説論文を作成する当事者、すなわち著者の視点が極めて重要です。「物語り」を作成・文章化する場合に、どうしても著者の主観が入ってくるからです。
昨今注目されている源氏物語でも、作者の知識・伝聞や経験が主観的にも反映されているのではないでしょうか。世界最古の長編小説を完成させたのですから、日本人にとっては、ナラティブレビューに適しているのかもしれません。
科学研究には、主観はいらないという見方もありますが、もっともな面もあります。ただし、これまでの飛躍的な科学発見や理論などでは、従来の万人受けする研究の延長線上にはなかった場面も数多くあります。
システマティックレビューも同様ですが、当該領域をもっとも反映している研究成果が重要視されることが多かったのが、従来の考え方です。
海外のみならず国内大学でも、システマティックレビューとは異なる考え方も既に出てきています。欧米の医療分野でも、たとえばmRNAワクチンの開発とノーベル賞受賞など、ひとつの飛躍的なエポックとなっています。
ナラティブレビューの特徴を利用して、科学研究などに応用することは、さらに検討されてもよい時期にあるのかもしれません。
ナラティブレビューの基礎知識からはじまり、システマティックレビューとの比較や最新動向などについても解説しました。
医学系の論文などにも使用されることが多くなっていますが、さらに研究が進展することが求められます。
ナラティブレビューの特徴を利用して、科学研究などに応用することも期待されます。
本記事が、ナラティブレビューに関心のある研究者のみなさまのお役に立てば幸いです。
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都内国立大学にて、研究・産学連携コーディネーターを9年間にわたり担当。
大学の知財関連の研究支援を担当し、特にバイオ関連技術(有機化学から微生物、植物、バイオ医薬品など広範囲に担当)について、国内外多数の特許出願を支援した。大学の先生や関連企業によりそった研究評価をモットーとして、研究計画の構成から始まり、研究論文や公募研究への展開などを担当した。また日本医療研究開発機構AMEDや科学技術振興機構JSTやNEDOなどの各種大型公募研究を獲得している。
名古屋大学大学院(食品工業化学専攻)終了後、大手食品メーカーにて31年間勤務した経験もあり、自身の専門範囲である発酵・培養技術において、国家資格の技術士(生物工学)資格を取得している。国産初の大規模バイオエタノール工場の基本設計などの経験もあり、バイオ分野の研究・技術開発を得意としている。
学位・資格
博士(生物科学):筑波大学にて1994年取得
技術士(生物工学部門);1996年取得
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